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※会報掲載分は[ バックナンバー ] をご参照ください。

第117回史跡文学散歩(報告)

「田端文士村と六義園の桜を観る」

                        伊藤 一男

 三月ニ十九日(日)、前夜の天気予報で一抹の不安があったが、朝を迎えると思いの外よく晴れていて、ホッと胸を撫で下ろす。それに、テレビが都心の桜は満開と伝えている。自ずと心は弾む。

 定刻の九時、我孫子駅に集まった参加者は、ガイド役の越岡禮子さんを含めてニ十五名。千代田線を利用して西日暮里駅で下りる。いよいよ田端文士村コースの史跡散歩の始まりだ。

 明治中頃まで、田端は閑静な農村であったが、明治二十ニ年、上野に東京美術学校(現・東京藝大)が開校されると、上野と台地続きで便がよかったことから、陶芸家や鋳金家、画家たちが田端に住むようになって一躍芸術村に変身し、さらに芥川龍之介や室生犀星らの文士がここを拠点に活躍して以来、一キロ四方の高台に多くの作家や歌人たちが住みついて大正デモクラシーを支える特異な文化圏をつくった。これが田端文士村である。

 まず、駅前の大通りを横切ってひぐらし坂をゆっくり歩む。この地に出城を築いた太田道灌に因んでいるというのが一般的らしい 。この台地を開成グランドに沿って北東に進むと崖下にJR山手線/京浜東北線の線路を見下ろすことができる。この辺りに来る前からすでに越岡さんの小気味よい名ガイドが始まっていた。説明を聞いていると、当時の佇まいが生き生きと甦ってくるから不思議だ。以下は訪れた史跡を順を追って記そう。

与楽寺(真言宗豊山派)

 本尊地蔵菩薩は弘法大師作といわれ、昔、この寺に押し入った盗賊を僧に扮した地蔵菩薩が追い払ったという賊除け地蔵伝説がある。ここで記念集合写真を撮る。与楽寺坂を下って天然自笑軒跡へ向かう。

 天然自笑軒跡

 茶や花を愛し、一中節(いっちゅうぶし)をたしなむ趣味人・宮崎直次郎によって作られた。器や調度品、庭園に趣を凝らしているという。内部の見学はできなかったが、玄関や門構えは大正時代の面影が残っている。芥川龍之介が結婚披露宴を挙げたところでもある。文士たちの集まり、「道閑会」の会場としても有名。

 芥川龍之介旧居跡

 本所から、実父の新宿の家を経て田端のこの地に移ってきたのが大正三年。ここでの最初の作が「羅生門」。次いで「鼻」「芋粥」などを発表し、一躍文壇の寵児となる。結婚して二人の子息を得たが、昭和二年、自らの命を三十五歳の若さで閉じた。住んでいた家は戦災で焼失した。

 JR田端駅近くの文士村記念館に着いたのがちょうど昼どきだったので、近くのレストランで銘々食事をとった。

 田端文士村記念館

 JR田端駅北口前のアスカタワー内にあり、この地に住んだ文士、芸術家などの作品や資料などが展示コーナーで紹介されている。また各界から講師を招き、文士芸術家に関する講演会も行われるという。当日は記念館総説や芥川龍之介に関するビデオを観賞した。次いで、田端駅前通りを南下して田端八幡神社/東覚寺へ向かった。

 東覚寺(真言宗豊山派)

 本尊は不動明王像。不動堂前に一対の仁王石像があり、自分の身体の病がある所と同じ箇所に赤紙を貼ると病が治ると言い伝えられ、その日も石像の至る所に赤紙が貼られていた。

 板谷波山工房跡

 帝国美術院賞、文化勲章受賞で有名な板谷波山は、この地に窯を築いて陶磁器の制作を始め、格調の高い作品を遺した。現在は故郷の茨城県下館の波山記念館に移されている。ポプラ坂を抜け、道幅の広い通りを満開の山桜を愛でながら室生犀星旧居跡に向かう。

 室生犀星旧居跡117回史跡文学散歩写真 与楽寺境内

 大正五年、田端に居を構えて詩壇での地位を築く。一方、小説家としても新境地を開き、若手育成にも功績を残す。芥川龍之介とともに田端文士村の中心人物。

 大龍寺(真言宗霊雲寺派)

 田端八幡神社の隣りにある。本尊は大日如来。墓地には正岡子規や板谷波山など著名人の墓がある。

 大龍寺をあとに田端文士村に別れを告げ、この日の最終の見学スポットである駒込の六義園に向かう。万歩計は既に一万五千歩を超えていた。

 六義園

 五代将軍・徳川綱吉の信任が厚かった川越藩主・柳沢吉保が一七〇二年に築園。和歌の趣味を基調とする大名庭園であり、都立文化財九庭園の一つ。有名なのは、何といっても「しだれ桜」。ちょうど満開とあって、大変な混雑ぶり。揃って観賞というわけにも行かず、各人思い思いに楽しんで流れ解散となった。


             

第118回史跡文学散歩(報告)

「我孫子の白山、根戸方面を訪ねる」

井本 三夫                      

  六月二十一日朝九時、駅の南口に集まり、副会長越岡禮子さんの解説で始まった。

 駅前に機関車形の飯泉喜雄顕彰碑があり、ロータリーを西へ回った花屋の前にも「停車場の碑」が在る。飯泉喜雄は明治三十年前後に土浦線(常磐線)、日成鉄道(成田線)を敷設させ、駅正面の停車場通りも開いた功労者である。成田街道から常陸へ入る道は、古い時代には布佐から出ており、近世の元禄期になって我孫子宿から水戸道中(街道の)が分れるようになった。本陣を務めた小熊家は街道沿いの茅葺屋根の目立つそれでなく、今は朝日新聞販売所の後にいる。旅籠屋が並んでいたのは八坂神社の向かい辺りで、石橋製糸や陸軍関係の客が泊まっていた。北柏の方に高射砲陣地があり、関東大震災の時は我孫子でも朝鮮人が三人殺された。

 興陽寺は曹洞宗(いわゆる禅宗の一つ)で天正八(一五八〇)年開基と古く、境内には小熊家の墓所、寺小屋を開いていた荒井家や、下山事件を死後轢断と鑑定した秋谷七郎の家の墓、相馬五十九番札所などもある。

P1010656 南に下ると飯田耳鼻科の斜め向いは、寺山修司と結婚していた女優九条えい子の里家があった所という。そこを東へ折れた手賀沼を見下ろす台地には、岡田嘉子が昭和初期に「大衆キネマ」のスタジオを置き、円地文子も言語学の東大教授だった父親が嘉納治五郎、村川堅固の勧めで我孫子に造った別荘を継いでいた。

 嘉納農園跡を通って「ハケの道」に降りる。白山三丁目では、崖の上に船戸廃寺跡と古墳数基があって、その白山一号墳からは立派な大刀が出たというが、今は民家の敷地内で入れない。船戸の森の下の、旧武者小路邸に通じる道は代官預かり所のあった所で、日暮家関係の墓が遺る。日暮家は根戸の名主で今も根戸城址・金塚古墳の麓に住む。城址の説明板の前で解散したが、研鑽を積まれた越岡さんの解説を聞くことができ、文化都市我孫子の歴史に一層認識を深めることができた一日であった。(写真、武者小路実篤旧居前で)

 


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バックナンバー (記事を掲載した会報にリンクしています。)

 第155(平成28年10月)PDF

  123回史跡文学散歩報告記「史跡豊かな旧松戸宿を訪ねる」樋口亮太
  関東建築探訪第35回「建築の最前線を訪ねる」稲葉義行
  
関東建築探訪第36回「世界の現代建築家を語る」稲葉義行

 第154号(平成28年7月)PDF

  122回史跡文学散歩報告記「対岸の旧沼南町の史跡を訪ねる」滝澤富博
  関東建築探訪第34回「奈良時代大和政権最前線・石岡を訪ねる」稲葉義行

 第153(平成28年4月)PDF

  121回史跡文学散歩報告記「中世、河村出羽守勝融が築城した芝原城址と、関連の寺、法岩院、古利根沼などを探索」牧田宏恭

 第152(平成28年1月)PDF

  120回史跡文学散歩報告記「紅葉の自然教育園、上大崎寺町、池田山周辺を訪ねる」亀田清隆
  関東建築探訪第30回「明治の実業家が残した古建築の名園・三渓園」稲葉義行

 第151(平成27年10月)PDF

  119回史跡文学散歩報告記「取手宿を訪ねる」牧田宏恭

 第150(平成27年10月)PDF

  関東建築探訪第28回「横浜山手西洋館を訪ねる」 藤井吉彌
  関東建築探訪第29回「建築座学-五輪競技場のコンペ白紙、地震豆知識」藤井吉彌

 第149(平成27年7月)PDF

  第117回史跡文学散歩(報告)「田端文士村と六義園の桜を観る」 伊藤一男
  第118回史跡文学散歩(報告)「我孫子の白山、根戸方面を訪ねる」 井本三夫

 第147号(平成271月)PDF

  第116回 史跡文学散歩(報告)「林芙美子邸と上高田の寺町を訪ねる」 牧田宏恭

 第145号(平成267月)PDF

  第113回史跡文学散歩(報告)「湖北に残る将門伝説の地を巡る」 越岡禮子 

 第143号(平成261月)PDF

  第111回史跡文学散歩(報告)「旧沼南の将門伝説の地を訪ねる」 青山 香
  第112回史跡文学散歩(報告)「江戸に残る平将門ゆかりの地を訪ねる」 佐藤やす子                

 第142号(平成2510月)PDF

  第110回史跡文学散歩(報告)「旧柴崎村に残る将門伝説の地を訪ねる」 牧田宏恭

 第141号(平成257月)PDF

  第109回史跡文学散歩(報告)「楚人冠が親しんだ「利根運河」周辺を歩く」 佐々木侑

 第140号(平成254月)PDF

  第108回史跡文学散歩(報告)「楚人冠が勤めていた銀座界隈を歩く」 越岡・美崎

 第138(平成24年10月)PDF

  第107回史跡文学散歩(報告)岩瀬牧場白河方面「牧場の朝」作詞の舞台を訪ねる 中根秀樹

 第137号(平成247月)

  第105回史跡文学散歩(報告)「志賀・大町・芥川が訪ねた布施街道を歩く」に参加して 横山晃
  第106回史跡文学散歩(報告)「旧我孫子宿と楚人冠記念館を訪ねる」 伊藤一男

 第135号(平成241月)

  第104回史跡文学散歩(報告)「赤坂・青山に遠ざかる時代を偲ぶ」に参加して 土屋讓

 第134(平成2310月)PDF

  第103回史跡文学散歩(報告)「志賀直哉の青春の地と終焉の地を訪ねる」 藤井吉彌

 第131(平成23年1月)PDF

  第100回史跡文学散歩(報告)(郷土)の三偉人ゆかりの史跡を訪ねる」 田村操

 第130号(平成2210月)

  第99回史跡文学散歩(報告)「血脇守之助ゆかりの三田・高輪周辺を歩く」 日比野理 

 第129(平成227月)PDF

  第98回史跡文学散歩(報告)「我孫子宿、我孫子文士村を歩く」 鑓水涼子

 第128(平成224月)

  第97回史跡文学散歩(報告)「楚人冠も住んだ馬込文士村を訪ねる」 美崎大洋

 第127号(平成221月)

  第95回史跡文学散歩(報告) 我孫子駅周辺の文学史跡などを巡る 郡司武
  第96回史跡文学散歩(報告)「佐倉を訪ねる」に参加して 山崎日出男

 第125号(平成217月)

  第93回史跡文学散歩(報告)「一茶を偲んで布施街道を歩く」 南新木 小池毅
  第94回史跡文学散歩(報告)「鎌ヶ谷を歩く」に参加して 柏市 金原勝郎

 第123号(平成211月)

  第91回史跡文学散歩(報告)「高野山、寿周辺の史跡を訪ねる 小林一茶の足跡を中心に」 柏市布施新町 田嵜隆三
  第92回史跡文学散歩(報告)「流山に一茶、新撰組ゆかりの地を訪ねる」 つくし野 山中康子

 第122号(平成2010月)

  第90回史跡文学散歩(報告)「相島井上邸と周辺史跡散歩に参加して」高野山 星崇恵

 第121号(平成207月)

  第89回史跡文学散歩(報告)「湖北の平将門伝説の地を訪ねる」 若松 黒澤里子

 

 

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